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「予想外」が未来につながる――『対話と間』井上貴至×町塚俊介|第1回

time 2018年02月07日

「予想外」が未来につながる――『対話と間』井上貴至×町塚俊介|第1回

ひとりひとりが『自分だけのワクワクした人生を生きる』社会へ。

 

ワークルではその理念のもと、自分のやりたいことと向き合える「会社と家以外の第三の場(サードプレイス)」を創り出しています。そこで大切にしている文化が、ひとりひとりと向き合う「対話」です。

 

 

「対話」を通して人と向き合い、ひとりひとりを輝かせる活動をしていく上で、お話を伺いたい方がいました。

 

「最年少の副町長」となった、井上貴至さんです。

 

 

総務省入省後、地域の活動に力を入れてこられた井上さん。毎週末、日本全国の地域に足を運んでいるといいます。それは「地域で活躍する人はそのホームグラウンドが一番輝く」という信念があるから。

 

社会人コミュニティのワークルと、行政の井上さん。所属は違うけれど、ひとりひとりと向き合うその姿勢には近しいものを感じました。

 

 

そこで今回、井上さんとワークル代表の町塚の対談が実現。約1時間、生き方の未来や対話について濃密に語りました。

 

その様子を全3回に分けてお届けします。

 

「あえて組織を辞めない」こと

 

町塚:今日は何か「こんなこと話したい」とか「こんなことが気になっている」とかありますか?

 

井上さん(以下、井上):僕はこのあと日経新聞社で、大手企業で今後の生き方・働き方を模索している若手社員に講演するんですが、そこでは「あえて組織を辞めないということ」を話そうと思っているんですよ。

 

町塚:ああ、いいですね。

 

井上:正直、辞めようかなと思ったことはあるんですけれど、柔道でいうと「投げたい、投げたい」「やりたい、やりたい」で力が入るのは良くないと思っています。

 

町塚:なるほど。出ていくんではなくて。

 

井上:今、市町村長から「一緒にやりたい」ってお声掛けいただくことがあって、それは凄くありがたいですし、小さな自治体の副市町村長になると、ある程度成果も出ると思うんですけれど、でも、何かそれって予測できちゃうなあと思うんですよ。予測できちゃうことって、案外、実は面白くないんじゃないかと思うんですよ。

 

町塚:ああ、そうですね。

 

井上:最近はフリーランスとかノマドとか、そういうところが注目されていますが、逆に、組織の中でしなやかに働くっていうのも面白いかなぁと思います。

 

 

井上:例えば、僕だってもっと前に総務省を辞めて活動していたら、こんなに時代の流れに乗ったり、取り上げられることはなかったと思うんですよ。地方創生人材支援制度という大きな流れの中で派遣されているから大きいこともできるし、やっぱり総務省という組織に属しているからこそ出来たところもあるので。

 

もちろん葛藤があったりもするんですけれども、そこも含めて楽しんで、力にできたらなと思っています。

 

町塚:なるほど、いいですね。ちなみに、力んで辞めるのではなくて、しなやかに続けることによって生まれることって、何かあるんですか?

 

井上予想外の、思わぬところでつながったりしますよね。

 

市町村で働きたいと強く思っていた時に、北朝鮮の拉致問題の報道担当とか総括担当を、警察庁や外務省や、いろんな省庁の人とやることになって。それが思わぬところでグッとつながってきたり。自分がその時は望んだことではなくても、その中で全力を尽くすことが、またつながってきたりとか。それが何か面白いなぁと思って。

 

 

井上:フリーランスになると、自分の好きなこととかできることにグッと集中できる強みがあって、フォーカスはできるんだと思います。けど、予想外のことや、最初は自分が望まなかった人と何かをやる中で気付くものもあるんじゃないかなと。

 

町塚:なるほど。そういう文脈でいくと、自分が感じたのは、「大事な要素や必要な道は必要な時に開ける」みたいな。そこは独立するにせよ続けるにせよ共通するなっていう感覚を持っていて。

 

例えばなんですけど、自分は対話とかコーチングとか組織開発とかっていうものが専門領域になってるんです。でも、実はこれを専門領域にすると決めてからアクションが生まれている訳ではなかったりするんですよ。不思議なもので。

 

井上:へえ、そうなんですね。

 

「お茶室」に惹かれたのが、「対話」の始まり

町塚:きっかけは、鎌倉の拠点でミライエのお茶室を借りたことなんですよ。

 

井上:そうなんですね。……鎌倉行きたい(笑)。

 

町塚:ぜひ来てください(笑)。

 

なんとなく、鎌倉のミライエを見たときに、茶室に惹かれるみたいなところがあって。

 

北鎌倉のワークル旧拠点「ミライエ」。山にある古民家で、茶室もあった。

 

町塚:当初は、今思い返すと、ちょっと頭のネジは外れてたと思うんですけど。借金して起業したものの、最初売上が立つ見込みも当時まだなかったんですね。でも、あのミライエって、賃料でいくと毎月25万かかるんですよ。まあ、まあまあ……だなあ、みたいな。

 

井上:売り上げはないのに、いきなり固定費にかかっちゃうんですね。

 

町塚:通常の経営論でいうと絶対やっちゃダメみたいな。「出を絶って入りどう増やすか」という話の中で、すごくセオリーとは反対なんです。それでも、どうしても借りたくなっちゃって。それでミライエを借りたんですね。

 

そこに、慶應SDM大学院の前野さんという方が遊びに来てくださって。自分のやっている活動を紹介したら、「ぜひつなげたい人がいる」って言ってくださった。それでつないでいただいたのが、自分が対話を学ばせていただいている1人である中村一浩さんという方なんです。その方とご縁があって、ちょうどその「対話の場」を鎌倉のミライエの茶室で開いてくださったんですね。

 

そのときに、それこそここまでワークルの運営をずっと一緒にやってる土肥ちゃんがいたんです。

 

一浩さんと土肥ちゃんは「初めまして」だったのに、一緒に対話していたら、僕が今まで何か一緒に本当に丁寧に接してきたつもりでも出てきたことがないような素直な声というか、本音みたいなものがぱっと出るっていうか。

 

井上:それは、土肥ちゃんがいたから(笑)

 

町塚:その時にめちゃくちゃ衝撃を受けて、「これは何だ」っていうように思うようになって。そこから「対話だ」っていうのをめちゃくちゃ言うようになりました。

 

 

町塚:もともと学生団体の時から、それこそ1on1やコーチングみたいな走りを、特に求められなくてもやっていた背景は結構あったので、その素養はあったと思うんですけれども。そこで初めて対話というものが言語化されて、そこから自分が対話のプロの道を歩み始めたんです。

 

だから、「力んでこれをやる」っていうよりかは、本当に必要な時に「開けていく」という感覚があります。

 

対話とは、本質を引き出し、信頼関係を作る可能性

井上:僕も多分、対話っていうところははまっているし、本質だと思っているんです。僕がやっていることも極めて「対話」で、人に会って街に出て。

 

町塚:そうですよね。

 

井上:で、「地域で活躍する人はそのホームグラウンドが一番輝く」と信じ、「井上貴至は平成の伊能忠敬になるんだ」って言って、私費で毎年100万円かけてですね、北海道から九州まで行く。

 

それもゆっくり対話するんですね。一緒の時間を共にして、その人が大事にしてるものを大事にする。そこから動き出すものっていっぱいあるんだと思っていて。

 

期せずして対話のプロになっているんですね。

 

町塚:本当にかけてるお金とか手間暇とか時間とか、凄いですよね。

 

井上:一方で、いわゆる霞が関で制度や法律を作るというロジックのところは、僕より優秀な同期後輩がいっぱいいるわけですよ。その中で自分のポジションをどうするかとか、自分の強みをどうするかというところを考えざるを得ない。ピラミッドの一番下の端にいると。

 

でも、個と対話するとか、現場に行くとか--それも圧倒的に会うとか、圧倒的な事例を知るというところでいうと、いないと思うんですね、そんなに霞が関には。それも「地方創生」のような大きな風が吹いてくると、ピラミッドがそれこそ90度くらいズレると思うんです。

 

だから、いつかそのピラミッドがズレるんじゃないかなと思って、ずっと信じてました。

 

スティーブ・ジョブズの“connecting dots”ですよね。まさに、信じ続けてやり続けるしかないのかなと思うところもあって。

 

 

井上:そういう意味では、「対話」というところにはまったのは、高校の柔道の先生の「明るさ、素直さ、謙虚さ、挨拶と礼儀」だったり、大学のゼミで川人博先生に「君ら東大生は何も知らない。とにかく、現場に行きなさい」と言われたことだったり。総務省入省1年目の愛知県でいろんなお祭りに連れて行ってもらったこと、全部重なって、そこに自分の天性のものや好きなものが重なっていって築いたんでしょう。

 

たまたま、いい時にいい人に巡り会えた。ずっとそこを受け止められたと思うんです。

 

町塚:そうですね。

 

井上:作曲家の田中公平さんって大好きな人がいるんですけど、『ドラゴンボール』から『ワンピース』の「ウィーアー!」まで30年連続1億円プレイヤーで、入れ替わり激しい世界でずっとトップランナーを走り続けているわけです。それで、飲んだときに聞いてみたんです。「なんで30年続けられるんですか?」って。

 

そうしたら、「作曲の仕事というのは、ある程度素養があって曲が作れるのは当然だけど、お客さんと対話することなんだ」と。

 

クライアントは音楽のプロじゃないから、どんな感じの曲かわからないんだと。それをわからないからといって、自分の好きな曲ばかり作っていると、なんかちょっと違ってくる。自分の引き出しもあるから作ることは作れるんですけど、そのうちなんか同じような曲になってしまって、飽きられちゃう。「何かちょっと違うな」と逃げられちゃう。

 

やっぱり、とことん対話をして本当は何を望んでいるかということを引き出すことなんですね。

 

 

僕は、これはかなり行政も同じだなと思って。要は、住民が言っていることを全く聞かないのも 絶対ダメなんですけど、全部そのまま聞くのもダメなんですね。

 

例えば、本当は何を望んでいるのかということを掘り下げて掘り下げていくと、もっとお金のかからない方法でできることもあるし、もっとやりやすい方法でできることもある。それで実はいいこともあるんですよね。

 

町塚:確かに。その、本当に必要としているものを引き出すというところが、対話の持っている可能性ということですね。

 

井上:そうだと思いますよ。

 

町塚:他に感じている対話の可能性ってありますか? なかなか、それこそ同期に政策を作れる人もいる中で、対話にフォーカスすると決めきるって、いろんな選択肢がある中で。

 

井上:まあ、決めきっているわけではないんですけどね。好きなんでしょうけどね。でも、信頼関係を築いていくっていうところでは、ゆっくり聞いたりゆっくり引き出したりするってすごく大切だと思っています。

 

そういう意味で、川人ゼミの後輩の安部敏樹が提唱したスタディツアーも含めて、一緒にみんなで旅行に行くとかいうのは可能性がありますよね。

 

町塚:ああ、そうですよね。

 

あと、勝手になんですけど、井上さんの場合は積み重ねてこられたご縁みたいな、信頼感のある人のつながりとかも本当に財産なんだろうなって感じました。

 

井上:最近は間口の広さも、いわゆる右から左までというか。あるいは、バリバリの企業の社長さんから、そうじゃない--例えば路上生活の人も含めて、その幅というのはあるのかもしれないですね。

 

でも、僕は人も地域もダイヤモンドだと信じていますから、ひとりひとり「どこに光当てようか、どうすればその人が輝くかな」が大事じゃないかなと。

 

町塚:なるほど……。

 

井上光の当て方で輝き方も変わってくるので。だから、苦手な人からも学ぼうかなと。

今の地方創生の仕事でいうと、それにプラスして、自分の中で「ここは負けられないな」「ここで勝負するんだ」という気持ちがあってやっていた気がするんですね。

 

町塚:なんか、すごく面白いなって思うのは、それこそ「対話」とか「人との縁」とか「つながり」みたいなものを、同じく時間をかけていたりお金をかけていたりという部分が、井上さん僕は共通しているなと思っていて。

 

井上:両者とも、対話ですからね。やっぱり、対話は大事ですね。

 

<第2回に続く>

■ 井上貴至さんプロフィール
「地域で活躍する人はそのホームグラウンドが一番輝く」を信念に掲げ、「平成の伊能忠敬になる」のキャッチフレーズのもと毎週末全国の地域の現場へ足を運ぶ。地域間の事例や人をつなげることで、より地域づくりを活性化させる「地域のミツバチ」がライフワーク。
2008年、総務省に入省し、政治資金規正法・地方分権・拉致問題などを担当。
2015年4月、自身の提案した「地方創生人材支援制度」の第一号として、鹿児島県長島町へ派遣される。同年7月に最年少29歳で副町長に選任され、2年間で取り組んだ「ぶり奨学金」などユニークな施策が注目を集める。 2017年4月からは、愛媛県に拠点を移し活動中。
趣味は柔道。
▶ブログ「地域づくりは楽しい

 

■ 町塚俊介プロフィール
株式会社ライフノート 代表取締役
つながりの力で“自分だけのワクワクした人生を生きる人”を増やす事を理念に、自分との関係、人と人の関係、人と企業との関係など「関係性(つながり)のデザイン」を行う。
株式会社ライフノートでは、会社と家以外の第3の居場所(サードプレイス)「ワークル」、転職というライフイベントにフォーカスしたコーチング、企業内の社員同士の関係性のデザイン、鎌倉の自然を活かしたリトリートプログラムなどの運営を行っている。北鎌倉居住。
ブログ 「「創職系」男子 まっちーの日記
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